目黒寄生虫館

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サッカーを5年間やったら、上達はしなかったけど人生が変わった ■宮脇咲良

 

リアルの私をご存じない方ならどうでもよくて、ご存じ方の方なら驚くかもしれませんが私は小学校低学年のころ、コミュ障を拗らせたいじめられっ子でした。当時私は運動よりも、ちまちま工作をしたり読書をするのが趣味でした。目立つことを嫌い、国語の教科書を音読することすらも泣いて拒絶していました。今考えれば逆に目立ってたんじゃないかなと思います。

そんな私だったので、クラスのいじめっ子からは当然狙いやすいターゲットでした。具体的ないじめの内容は話の本旨から逸れてしまうのでまたの機会にと思いますが、嫌がらせを受けるたびにいつも守ってくれるY君というクラスメイトがいました。私が生まれ育った地方は四方どこを見ても山だらけで、日照時間は短いにも関わらず、Y君は地域のサッカークラブで日夜練習しているせいか、年中日焼けしている体育会系の子でした。しかし運動だけではなく、読書も趣味の文武両道タイプの子でした。その為好きな本などの共通項があり、本の虫陰キャヲタクの私とも関わり合いがありました。

そんなY君が私をサッカーに誘ってくれたのでした。
当時全くといっていいほど運動が出来ず、どちらかというと太っていた私は
練習についていけるのか不安がありましたが、Y君の様に強くなりたいと思いサッカークラブに入部することにしました。

練習について不安があったと前述しましたが、その不安は的中しました。まず自重の為に走るのが辛く、加えて不器用な私はボールコントロールのセンスが皆無でした。幼少期から球技どころか運動そのものを毛嫌いしていた私は、足が遅い上、練習試合で相手チームにパスをしたり、自分たちのチームのキーパーに一旦ボールを預けようとするも、思い切りオンゴールを決めたりと、本当に使い物にならないポンコツだったと思います。

実力はないくせに負けず嫌いだった私は、恥をかきたくないと、練習が無い日も必死にランニングやダッシュ、壁相手のパス練習を来る日も来る日も行いました。

1年間努力したその結果

ボールコントロールの精度はやや向上したものの、
未だ使い物になる水準ではなく、相変わらずプレイヤーとしてはポンコツでした。

しかし年1度体育の時間に行われる体力テストの成績は、なぜか学校で3番目、短距離走に限っては1番になっていました。

自分でも目に見えて自らの身体能力の向上を感じました。体が軽く、力が出て、メンタル的にも前向きになったのです。

「体が資本」という言葉は真理でした。体が楽に、力強く動かすことが出来るので、何でも出来そうな気がしてきました。そして、何か起きた時、いざとなれば走って逃げることで危険を回避できるのだという安心感。

次にいじめられたら走って逃げようと考えていました。しかしそれが現実になることはありませんでした。

私は体力錬成に熱中していたので気が付かなかったのですが、いつの間にかいじめっ子は別の学校へ転校していたのです。

スポーツを通して様々な人とをコミュニケーションを取らざるを得ない環境が出来たので、苦手だった人付き合いも以前よりは出来るようになりました。

そして小中とサッカーを5年弱つづけたある日、私は真理にたどり着きました。

「自分はサッカーを楽しんでいるのではなく、プレイの中で生まれる判断とダッシュの動作を楽しんでいるのだ」

試合中に「相手チームはこういうパス回しをするだろうから、この相手はマークしておいたほうがいいかもしれない、でも露骨にマークするとパスしないだろうから自分の走力で追いつけるくらいの距離感を取って…」的な判断を幾度となく繰り返し、その判断が正解だったときの快感や、あるいは走る事そのものに喜びを見出していたのです。だから自分自身にボールが回ってこなくても別に嫌ではなかったです。

その真理にたどり着いてしまった日、私は監督に言いました
「監督!私を試合で使ってください!!!審判として!!」

私は地域のサッカー協会が主催する審判講習を受講し4級審判の資格を取得しました。サッカー経験者の方なら分かると思いますが、この4級審判はサッカー経験者なら割と誰でも取れる資格です。そこから審判実績を重ね、試験に合格すれば3級、2級と昇級していく仕組みになっていました。(当時)

審判の資格を取得して以降「出場するなら審判」「好きなポジションは副審」「審判じゃないならベンチウォーマーの方がマシ」などと言い続けていた私は

たまにある試合出場時「ごめん、杏仁、今日は右サイドバックな」と、事情を知らない人が聞いたら「ああ、たぶんこの人本当は花型のフォワードやりたかったのかな」とでも思われるであろう謝られ方を監督からされるようになっていました。進んで審判をやりたがる人が少なかった事もあり、みるみるうちに審判の実績は蓄積され、引退までに3級審判の資格を得て総体の副審などをするようになっていました。

話は少し逸れてしまいましたが、要すればメジャーな競技でも、そうでなくても、もはや競技ですらなかったとしても、人には人それぞれ運動の楽しみ方の最適解があっていいんじゃないかという話です。

サッカーを始める前、自分にはサッカーや運動なんて絶対に無理だと考えていました。確かにサッカーはそれほど上達しませんでした。もっとも全国レベルの選手からみれば「それは上達に見合うだけの練習量を積み重ねていなかったり練習方法が間違っているだけだ」という指摘があるかもしれません。確かに私がサッカーをもっと上手になる方法はあったかもしれません。しかし全国レベルの実力を目指していた訳でもなく、サッカーだけが運動の楽しみ方ではないことを当時の私は知ってしまっていたので、それで良いのです。

おそらく、私と同じように

「もっと緩く楽しく運動したいのに部活がガチすぎる…」

的な悩みを抱えている中高生は多くいるのでないでしょうか。

誤解してほしくないのは一戦一戦の勝敗にこだわり、より高みをめざす部活の在り方をを否定しているわけではないということです。ガチなのもあっていいし、一方でゆるーく運動を楽しむ部活の在り方も容認されれば、もっと多くの人々が思春期という貴重な時期に運動を楽しむきっかけができるのではなかと思うのです。

そして「楽しい運動もある」という認識が出来れば、運動の習慣ができやすくなります。大人になって運動の習慣が一時無くなってしまう時があっても、またふとしたときに緩ーくスポーツしてみたりして、そうした「緩い運動」の積み重ねが健康の増進や、社会的に見れば医療費や介護費の抑制につも繋がると思うのです。

全然緩くない結語になりかけたので方向修正します。
人生でこれまで一度も運動習慣が無かった人、大丈夫です。むしろうらやましいです。だってこれから自分にあった楽しいスポーツを見つけられるからです。wikipedia先生によれば「スポーツとは一定のルールに則って勝敗を競ったり、楽しみを求めたりする身体活動などの総称」だそうです。




だとすれば「終電逃し徒歩 午前3時までに帰宅部門」とかで、もうスポーツだと思います。運動のチャンスはどこにでも転がっているし、ちょっとやってみれば少なくともやっている時間は気持ちが軽くなったり前向きになれる瞬間があるのではないかと思います。そしてその積み重ねが体力をつくり、体力は人生の悩みの9割を解決します。 さぁあなたも。 パワァ!