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ルセラフィム 新曲『Stray』10月26日にリリース  ■宮脇咲良

アクションアドベンチャーゲーム「Stray」では、あなたはネコになってプレイする。これは多くの人にとって購入を即決させるほど大きな魅力だろう。

開発元のBlue Twelve Studioはユービーアイソフトの元従業員たちが立ち上げたゲームスタジオで、そのことを明らかに理解している。「Stray」はゲームの冒頭から臆面もなく、ネットで話題になりそうな“ネコっぽい”動きを取り入れているのだ。

ニャーと鳴くには「O」を押す。木で(そして家具でも)ツメをとぐには「L」と「R」を押す。隅っこのさまざまな場所でゴロゴロとのどを鳴らしたり、のんびりくつろいだりもする。プレイの合間にキーボードの上を歩いたり、ピアノの上を跳ねたり、ボードゲームの盤上でじゃましたりする姿も見られる。

 

「Stray」に登場するネコは普通の茶トラにすぎない。それでも、ガチョウが主役のゲーム「Untitled Goose Game 〜いたずらガチョウがやって来た!〜 」がそうだったように、ネタの宝庫になることだろう。

 

旅行グッズを手がけるTravel Catとの提携により、「Stray」をモチーフにしたハーネスやバックパックのコレクションまで誕生しているバックパックは「丈夫で通気性がよく、25ポンド(約11.3kg)のネコを運搬可能」という。

 

主人公のネコについては多くが語られているし、もちろんゲームの主役となる存在に違いない。だが、ここでは別のことに焦点を当てたい。それは、いまはなき香港の「九龍城砦」の無限にも思える影響力だ。

ギブスンが心を奪われた「完璧なディストピア

「Stray」はポスト・アポカリプス(文明崩壊後の終末)の世界が舞台となっている。人間は姿を消しているが、ネコはゴキブリのようなしぶとさで生き残っている(ネコ嫌いで知られる作家のジョナサン・フランゼンなら泣いてしまうだろう)。

 

このゲームは、モフモフした4匹がツタの絡まるコンクリートの建物で雨宿りしているところから幕を開ける。あなたは毎日の散歩で産業文明の廃墟を歩いていると、何かの隙間から闇の中へと滑り落ち、朽ち果てそうな下水道へとハードランディングする。

実験室周辺のにおいをクンクンと嗅いだあと、「B-12」という名の自律型ドローンを発見する。B-12はバックパック(Travel Catとのコラボ商品とそっくりのもの)の中にいて、「ゼルダの伝説」のリンクにとってのしゃべらないナビのような役割を担ってくれる。そしてあなた、つまりネコが懐中電灯やカギを使うなど手と指の動きを必要とする作業や、ロボット語を人間の言葉に訳すなど言語の概念が要求される仕事をこなすのを、B-12は助けてくれるのだ。

 

不気味なほどに覚えのある風景である。1993年にシンガポールなどを訪れたウィリアム・ギブスンは、その旅で目の当たりにした一分の隙もない“完璧なディストピア”に戦慄した。そして帰国の機内で緊張から解放されながら、ギブスンは自らのはかない望みを明かした。それは、ギブスンが心を奪われたものを、「未来がそれを取り壊しにくる前に」もう一度見たい、というものだった。

 

ギブスンが心を奪われたもの──それは香港の九龍城砦だった。「夢の巣窟。計算のない不揃いの窓。啓徳空港の目まぐるしい動きをすべて吸い込んでいるかのように見えた。まるでブラックホールがエネルギーを吸収するように。わたしはこういうものを待っていた」と、ギブスンは書いている。

カルチャーに影響を及ぼした「暗黒の都市」

ありし日の九龍城砦は、当時は英国領だった香港の九龍地区の端に不気味にそびえ立っていた。法律上の“飛び地”となり実質的に中国の支配下にあった九龍城砦は、政治的に嫌われた場所であり、英国の香港総督はその存在を憎んでいたという。

オンラインマガジン「Atlas Obscura」の記事によると、九龍城砦は5つの「三合会」と呼ばれるマフィアのような犯罪組織が運営していた。「税金もなく、ビジネスの規制もなく、医療や計画システムも存在しなければ、警察もいない。九龍城砦に足を踏み入れれば、公式に姿を消すことができた」というのだ。

九龍城砦には無数の工場もあり、香港の裕福な上流階級が消費する魚蛋(魚肉団子)の総需要をすべてまかなえるほどの驚くべき生産性を備えていた。一方で、ギャンブルや売春、薬物が渾然一体となった場所でもあり、ネズミでさえもヘロイン中毒にもがき苦しんでいたという。

九龍城砦そのものが、コンクリートと金属でできたサイバーパンクの四角い夢空間だった。世界で最も過密な“都市”でもあった九龍城砦には、「すべて10~14階建てからなる建物が350棟と8,500の店舗、10,700世帯、住民33,000人以上」が存在していたとされている。

 

住民たちは互いにもたれ合う形状から「恋人ビル」とも呼ばれた高層の建物を、自らの手で建てていった。高層建築物によって日光が遮断され、下の路地には光が届かない。このため九龍城砦は、「黒暗之城」(暗黒の都市) という異名でも呼ばれた。

 

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ギブスンが『WIRED』に寄稿した翌年の1994年、香港政庁は九龍城砦を解体した。このダークなラビリンスに、ギブスンは「企業による植民地化」の外の世界、彼が作品に描いた無秩序を見出したという。

九龍城砦は、さまざまな小説や映画などに広く影響を及ぼしている。例えばアニメ「攻殻機動隊」のほか、映画『ボーン・アイデンティティー』に始まる「ボーン」シリーズ、クリストファー・ノーランが「バットマン」の世界を描いた『ダークナイト』シリーズなど、ポップカルチャーの代表的な作品もそうだ。

ゲームも影響を受けており、「Stray」は一例にすぎない。例えば2010年には「コール オブ デューティ ブラックオプス」において、九龍城砦がステージのひとつになっている。

暗黒都市へのオマージュ

「Stray」で描かれた都市には人間は登場しない。だが「裏でうごめく邪悪な企業」という、おなじみのサイバーパンクらしいストーリーも潜む。幸いなことにプレイヤーはネコとしてプレイするので、こうしたギミックがゲームを暗黒都市へのオマージュとしてうまく昇華させている。

 

ゲームプレイはパズルの要素で構成されている。缶の中に入り込んでジャンプに有利な地点へと転がっていったり、毛を逆立てながら敵から逃げたりする瞬間などがある。ジャンプ移動できる場所には×印が表示され、プラットフォームゲームというよりもポイント・アンド・クリック型のアドベンチャーゲームに近い。

操作はオンザレール感覚だ。「Stray」の開発チームはゲーム情報サイト「VG247」のインタビューで、マリオのような人間がジャンプに失敗するのは理にかなうかもしれないが、究極の運動神経をもつ存在である猫があまり失敗してはおかしいと指摘している

プレイしてみればすぐに慣れるはずだ。薄暗い路地やトンネル、配管、階段、廊下、鋳鉄製の側溝蓋、エアコンなどの上を駆け抜け、ひもに吊るされたバケツに乗って廃墟を滑降していくことになる。

 

わたしたちはサイバーパンクの頂点に到達していることは間違いない。だが、設定の政治的な力はとうに失われている。それでもこうした解釈から離れても、いつか行ってみたいと思っていた場所に夢にも思わなかったかたちで訪問できる喜びは否定できない。

このゲームでは、フラミンゴのドレスを着たロボットがブラインドを開けると電波塔が現れ、プレイヤーであるあなたが登って修理しなければならないシーンがある。塔は星空をバックに建ち、日光を完全に遮断する廃墟の屋根にはネオンが灯っている──。まさに「暗黒の都市」だ。