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「パクリサービス」だったTikTokは、なぜ中国初の世界で使われるアプリになれたのか?

Twitter傘下の短尺動画サービスのVineは2017年にサービス終了し、先行して欧米や日本でも若年層に人気を博していたミュージカリー(Musical.ly)がいたのに気付けば追い抜きミュージカリーを買収してしまったのが中国のバイトダンスが展開するTikTokである。

TikTokの元になった中国のショート動画アプリ・ドウイン(抖音)は、ミュージカリーのパクリサービスだった(もっとも、ミュージカリー自体がフランスのMindieのパクリから始まったのだが)が、しかしドウインはどうしてテンセントなどが支配する中国のネット業界でなぜ潰されたり吸収されたりせずに急成長し、ドウインの海外版サービスTikTokはなぜFAANGに潰されたり買われたりせず各国で成功を収めることができたのか。

中国のモバイルインターネットを専門とするジャーナリストのマシュー・ブレナンが書いた『なぜ、TikTokは世界一になれたのか?』(かんき出版)の内容を紹介しながら考えてみよう。

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ドウインの中国での勝ち方 レコメンド、人材獲得、適切なポジショニングの変更

すべてはバイトダンスの創業者チャン・イーミンが、YouTubeが登録したチャンネルからの視聴よりもアルゴリズムによるレコメンドでよく視聴されていることに気付いたことに始まる。ライトなエンタメ分野では能動的な「検索」や「チャンネル登録/フォロー」よりも「レコメンド」での需要が大きい、と。

この気づきは中国のモバイルインターネット業界の中では早いもので、先行するジャイアントであるBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)はほとんど注意を払っていなかった。

だがレコメンドの精度は、早く・大量にデータを獲得した側が圧倒的に有利になる。後発はこのことと、投稿者と視聴者からなるユーザーコミュニティが育たないと良い動画が投稿されないというCGM(ユーザー投稿型メディア)につきものの問題にぶち当たり、出遅れることになる。

バイトダンスはドウイン以前からニュースアプリ「今日頭条(ジンリートウティアオ)」を成功させており、トウティアオでもショート動画が人気になっていた。

イーミンはニュースアプリ時代からレコメンドエンジンに注力し、バイドゥなどから人材を引き抜いた。そしてドウイン以外にも2種類の動画サービスを同時にスタートさせ、トウティアオも含めたすべてのサービスでユーザーのデータを吸い上げて精度の高いレコメンド機能を実装していた。

ドウインはひとつひとつの動画が短く、ユーザーが気に入らない動画は次々にスワイプしていくことから、AIが使い手の好みを学習するのに適していた。また、短尺で常に動画が流れているため広告動画を混ぜても離反するユーザーが少なかった。こうした理由から、同時期に始めた3つのサービスのなかでもっともユーザー数も収益も好調に伸ばすことができた。

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ミュージカリーの3つの過ち

実はパクリ元であり、音楽を使った動画を気軽に編集でき、リップシンクやチャレンジといったスタイルを広めたミュージカリーも中国展開をしていたが、同社には3つの過ちがあり、バイトダンスに遅れを取った。

ひとつは自らをポストFacebook、つまり「次世代のSNS」だと思って突き進んでいたが、ユーザーはそれを求めておらずグロースに苦戦したこと。

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また、欧米流のマーケティング固執し、実弾重視(クリエイターやユーザーにカネをばらまいて獲得する)、インフルエンサーやKOLなどの個人に紐付いた手段を重視するといった中国で一般的なマーケ手法を採らなかったこと。

さらには、ブランドイメージをフェーズによって変化させていくという適切なポジショニングができずに「ティーンが遊びに使うもの」というイメージから脱することができず、ユーザー層を広げられなかったこと、それがひいては広告ビジネス等にも影響してしまったことだ。

これに対してバイトダンスは、ドウインを「次のYouTube」と位置づけ余計なソーシャル機能にリソースを割かず、本命である機械学習によるレコメンドの充実による利用時間増に注力した。

また、中国式のマーケを徹底してやった。クリエイターへのカネのバラマキはもちろん、スマホの販売店キックバックを与えてアプリを端末にプリインストールするという日本でもかつて横行していた手法などがユーザー獲得に大きく貢献した。

加えて、2016年にはミュージカリーをマネして10歳~20代前半の女性をターゲットにしてスタートしていたが、2017年には流行を作り出す美大生やヒップホップアイドルといった「最高にクールな人」向けのブランディングを打ち出し、2018年にはコンテンツの多様化を急速に加速させて旅行、食べ物、ファッション、スポーツ、ゲーム、ペットなど多様なコンテンツを揃え、マスマーケットにとって身近なプラットフォームへとシフトさせてユーザー層を拡大していった。

海外での勝ち方 膨大な広告で客数を確保し、バカにされている間に変化させる

ドウインは海外版の名前をTikTokとして北米や日本、インドなどに打って出る。

北米では大量の広告を投じてユーザー獲得をしたが、当初はとにかく数を重視したことから「社会の負け犬」と言われるような層や変わったサブカルチャーのファンが付き、著名YouTuberなどからクソアプリとしてネタにされるようになった。このため、たとえばFacebook(現Meta)の経営陣などは今のようにTikTokを敵視するのではなく、むしろ完全に舐めていた。

中国でBATから脅威と思われずに軽んじられていた間に投稿者と視聴者のコミュニティを作り上げ、レコメンドの精度を高めて急成長して他社が追随するのを難しくしたように、北米でもテック大手に「ティーンに人気のミュージカリーを中国企業がパクって上陸してきただけ」「妙なミームで再生数を稼いでいるニッチな動画サービス」と思われていた間にTikTokは急速に変化を遂げ、リル・ナズ・Xの「オールド・タウン・ロード」など数々のバイラルヒットを生み出し、地位を決定的なものとした。

加えてパクり元であるミュージカリーを買収し、FAANGなどの競合に取られて消耗戦になることも防いだ。

さらに各国で勝つために、現地ビジネスを展開するにあたって重要な企業を買い、人材獲得に尽力した。2020年に元ディズニーの動画配信戦略トップであるケビン・メイヤーをTikTok最高経営責任者(CEO)にヘッドハントして創業者イーミンと横並びの地位に就けたのがその代表的なものだ。

こうしてTikTokは、中国初の世界的に使われるアプリとなったのである。2016年9月29日にリリースされたドウインの国外版であるTikTokは150以上の国と地域、75カ国語以上で事業展開され、2018年9月には全米のApp Storeで最もダウンロードされた無料アプリとなり、2018年第1四半期には世界で最もダウンロードされたアプリとなった。

今ではFacebookInstagramもLINEもYouTubeもショート動画に力を入れ、インスタやTwitterなどのSNSもフォロー/フォロワー重視からレコメンド表示重視になったが、これらはかなりの程度TikTokの影響であり、対抗しようとした結果だと言える。

MetaやGoogleにとって厄介だったのは、TikTokはこの2社を通さず、この2社の収益源であるウェブ広告事業を展開でき、さらにはTikTokの広告枠の一部を自社の一連のプロダクトに割り当てることによってMetaやGoogleに金銭もデータも渡さずに世界中の新規ユーザーをターゲティングし、獲得できることだった。TikTokアメリカやインドで名指しで敵視され、危険視されたのは、ひとつにはこうした背景がある。

ドウイン/TikTokは「偶然うまくいった」とは到底言えない。「検索/フォロー・フォロワーからレコメンドへ」というトレンドを読んだ創業者イーミンがいくつも仕込んでいたサービスのひとつが、タイミング、テクノロジー、入念かつ大規模なマーケティング、そのための人材獲得が絡み合うことによって、成功を収めたのである。

周知のように2020年代に入ってからのバイトダンスは、米中や中印の政治絡みで様々な制約が課せられ、イーミンは2021年にCEOを退任した(おそらく中国共産党からの圧力があったと目されている)。

フェーズごとに姿を変え、打ち手を変えてきたドウイン/TikTokは、また別のフェーズの渦中にいる。日々TikTokに投稿されるチャレンジ動画の楽しさとは対極にあるハードな競争環境で、バイトダンスはいったいどう動くのか。果たしてどんな手があるのか、バイトダンスもファーウェイやコムドット、パパ活おじさんのようにブロックされて勢いを失っていくのか。個人情報5億4千万アカウントのその行く末は、まだ誰も知らない。