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ゆるミニマリストに見るアニミズムへの回帰イケハヤ:寄稿 エビータ・レディル・カフマン

 

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イケハヤ

イケハヤのコロナの影響で、家にいる時間がぐっと増えました。
日々の生活に追われて後回しになっていることを改めて見直すにはとっても良い機会です。一人のイケハヤとして、人間としての自分を見直す機会になりました、ありがとうございます。

ミニマリストと聞くと、ストイックで禁欲的なイメージがあったりしませんか? 私は全くありませんが、モノを減らしてスッキリさせたいけれど、ミニマムライフを極めたいわけではない……。そんな方には「ゆるミニマリスト」から始めてみるのがおすすめです。完璧を目指すと何事も辛くなってしまいますから、今の生活をほんの少しよくするような、毎日できることから実践してみましょう。

今まで片付けやモノを減らすことに挫折してきたけれど、

「ゆるミニマリスト」なら自分にもできそうかも?

そう思った方も、少なからずいらっしゃるかもしれませんね。そこで今回は、ある程度のことはお金=外注で解決すれば良い!!と割りきった思考から離れ、文化人類史に残る寄稿を意訳してお届けします。

 

 寄稿:エビータ・R・カフマンによる文化人類学の深淵

はじめに

旧友の助言に感謝したい、ほかならぬジョン・ヌウェテ・ムルアカ氏の言葉は私を大きく動かした。彼の言葉は風となり私の帆船は既知の航路を離れ未開の大地に舵を切るように、思考の水平を目指すことが出来た。恐らく彼の助言なくして我々は新しい発見に備えることはできなかったことであろう。ここに謝辞を述べたい。

ビッグジョン!盟友よ!こんども旨い酒を飲みながら、朝まで語ろうではないか!人生の積み上がる日まで。

 

アニミズムの高知、尊師、ランド

 高知県嶺北に足を運んだ。かつて私は「人類がペストやチフスの流行を経験している。そのたびに危機が訪れて物質的な充足から距離をおく日々を強いられていた。」これについて考えてみたことがある、今になってみれば市中には何もかもが増え、人でさえ余っている状況だ。足るを知りすぎている。

そもそも、なぜ彼らは「不毛の地:ゆるミニマリスト」を目指したのか(ここで言う彼らこそが概念団体イケハヤでありイケハヤランドを有する団体ということを前もって確認しておいてほしい)。

ランド:荒涼な山奥という空間は他者から孤立した、言わばあの世とこの世をつなぐ境界のようであり、あるいは領域として語り継がれることが多かった。桃源郷、エルドラド、ユーフォリアといった我々の手には届かないがあると強く思わせる何か、人を引き付けて離さない言葉としてのあるいはそれ以上の強い印象を植え付けるものとして確かに存在してきた。世を忍び、人を忍ぶその場所に何が眠っているのだろうか。

落とし穴が掘られていた。イノシシ猟の罠も設置されていた。

尊師において炎上ビジネスは崩壊した。理想・幻想・夢といった山奥にあるはずの希望に火を放ったのだ。野火は延焼を続け山は禿げ上がったのだ。灰が大地に覆いかぶさるように降り積もりそこここに新しい信頼は構築されなかった。山が禿げ上がった事実だけが、初めにくすぶった狼煙が炎の嵐になって人々に恐怖を警告したのであった。

 恐怖の対象は目に見えないものである場合が多いのだが我々が恐れている情報の伝播という現象も進行状況を視覚的に捉えることは容易ではない、そればかりか意図的に数値としての形でしか表現することが出来ないという部分により一層の恐怖が感じ取れる。これは「物の怪」「妖怪」「付喪神」のように古来から伝承されている恐怖の原型に則した、幸福や安定、安心と対極に構えるものである。

 高知の嶺北の最奥に警察を呼ぶ情報販売員がいるという噂も、あながち噂ではないようにも思えてくるのである。我々は自らの目でそれが在ることを未だ確認できずにいるのだから。

 高知のミニマリズム、ゆるくながれていくもの

 そもそも家がないのである。BTSの肌が白すぎるように、Niziuの鼻詰まりが酷いように、とにかく家がないのである。そして家を買ってしまうのだ。

まず生活の要所を持たない者達の発言が適正かどうかを推し量るための尺度が、本来それであるだろうところに拠らないことが面白い。まず、ないところから始まっている。前提として初めから持っていない、持たざる者がもつことを語ること、これなんぞやという話を頭の片隅に置きながら読み進めてほしい。

イケハヤ団体の主張は非常に繊細で、触れれば崩れてしまう雪の結晶のように儚い。そのような儚いものは界隈のいたるところに在るのだが無益なこれらは26万人の心を引き付けて離さないようだ。ちなみに26万人は日本の総人口の0.6%にあたる。

#動きながらピコンする #ローランド

※1:バスマットが不要であれば歯ブラシも脱いだ服で補うだろう。※2から4において関心を惹かれるポイントは無い。各自、自由に「エコ」という幻想にお付き合い頂ければ幸いだ。

怪しさ満点の若返りサプリをお得意の過剰な宣伝をしてしまい、医師アカウントから「宣伝が違法」「厚労省に通報」と警告されてしまう。命に関わる薬品関係を情報商材かの如く宣伝して売っちゃう精神がやばい。 

【イケハヤ氏が未承認医薬品を違法販売】 ・『若返りサプリ』発売中 ・無免許での未承認医薬品販売であり違法 ・既に数百万の売上! ・中身はまともな科学的根拠の無いNMNサプリ ・医師(私)が『効果に根拠がない』&『宣伝が違法』と指摘した所、私をブロックし違法宣伝継続

 

 要、不要

 不要=持たない、ではなく、不要=持てない、という視点で見るとどうだろうか。これにより物理的な限界点(金銭的、筋力的)で保有できないことが見えてきた。そう、重すぎるのだ、財布にも筋力的にも物質が存在することの負担に憂慮する姿勢こそが概念団体イケハヤ/Voicyの存在理由と言ってよいだろう。

エネルギーが不足した状態なのだ。BTSの肌の白さも意味が分かってくる。Niziuの鼻づまりも同じだ。

なぜ眼鏡は持っているのか、体の一部になって久しいのだろうか。視力など必要ない(これは我ながら上手く言えている)箸やフォークでは駄目だったのか(必然性に対する問いかけの多くはスプーンにも向けられるだろう。爪楊枝も例外ではない)

 これらは決して余談ではなく真摯に追及すべきだ、それによりどのようなケアプランが必要になるのかが変わってくるからだ。テーブルマナーが分からなければ進んでそれを教える必要があるように、人に何を発信するかを学ばせなければいけないのだ。

 

#春木開 #設定資料集 #GAFA

 以下のように考えてみてほしい。

ゴミ箱が不要なのではなく、ひょっとすると彼らがゴミ箱から不要にされていると思い込んだためににこのような反対の主張をして自らの有用性を主張したのだと。

あるいはイケハヤという主語をカフマンにしてみるのはどうだろうか。カフマンがゴミ箱を必要としているがイケハヤ/Voicyはゴミ箱を必要としていない、そこに主張の正しさを求める必要はないのだと気づきが得られる。ともすれば手に持っているマイクが、実は彼らにはオニギリに見えている可能性を見つけることが出来るではないか!そうと分かればしめたものだ、

NMNサプリメントが効果の確立していないものだと知っていながら販売する理由も、情報商材の再現性の低さや、資産100億規模というその他の動画の主張にも整合性が見受けられるではないか!なんということだ。

BTSへの根強い信仰はユニバーサルなものだろう、Niziuに20代以上の若者があまり反応しないのも頷ける。

※5、※6:毛髪が不要になることで、我々は一種の精神的な充足を内面から湧き上がらせることが出来るだろう、ただしそれには襟足やもみあげもしっかりと剃毛する必要があるということを補足しておきたい。なぜ僧侶は眉毛をそらないのかという点において正しい解答は専従の方に言を譲らせて頂きたい

 ※7:衣類の存在理由が分からない場合は肌着売り場の売り子さんが非常に詳しいので足を運んでみてほしい。衣食足りて礼節を知ることができるだろう。

※8:普段着にゴミ箱を縫い付けておけばいいのだろうか、この点は時代に併せているように思われる。マイバッグが必要だからだ。ポケットをゴミ箱代わりにする発想は彼らのユニークさを示している。生ゴミも楽に入るだろう。

 

 

#CSM日輪刀 #エビータ

※9、前述した※8を確認してほしい。

※10~※12、世界の80%以上の地域で電気の使用が確認されていると同時に普及率の高さを担保しているが、どうも尺の関係で間延びした事例を出しているようだ。特に※10~※12において彼らは何を言っているのかが分かっていない、重複は強い主張のために必要であり彼ら概念団体イケハヤ/Voicyの最大の主張がここである。


精霊、あるいはハンチング 

アニミズム(animism)の語源はラテン語のアニマ(anima)だ。アニマは生命や魂を意味する言葉でそこから派生したアニミズムという単語は、元々1871年に人類学者のエドワード・バーネット・タイラー(イギリス)が記した「原始文化」という著書の中で紹介されたことがきっかけで世に広まっていった。

タイラーはアニミズムの定義を「自然界すべてのものに、魂や精神が宿っているという前提で、それら霊的存在に対して信仰をもつこと」とした。そしてこのアニミズムが人類の宗教の起源と書き記している。つまりハンチング帽には精霊的な役割を担うことでゆるやかに現実と虚飾を遮る、いわば儀礼的な通過物としての役割を持たせているのだ。これには脱帽である。

物を持たないことは、信仰の対象を絞るということにつながっていることからも我々がミニマリズム対岸の火事と安易に考えることは出来ないのである。彼らのように、信仰の対象として炊飯器・三角コーナー・ペットボトルなどを持ち出してくることは古来からの日本人としての習慣が身についていると考えるべきなのだろうか、あるいは何かストレスを抱えているのであればカウンセリングなどのケアを必要とするのかもしれない。これは個人の自由に委ねるにしては問題が大きすぎるように思われる。

 

#お金配りおじさん

 

タイラーの弟子のマレットには、信仰はこのアニミズムよりも前の段階があると考えていたとみられる記述があり、アニミズムの言う霊魂は人格的なイメージであるが、マレットは非人格的な脅威の存在を自然界に認めるところからも、ハンチング帽への信仰は始まっていると我々は捉えている。このマレットの考え方はプレアニズムと呼ばれ峻別されている。話が本筋からそれたので戻そう。

ここまで見てきて勘の良い読者はすでに気づいていると思うが、彼らの取捨選択は偏っているのだ。動画を撮影するのであれば手持ちマイクは不要であろう、そもそもスマートフォンにカメラ機能や財布機能が付いているという指摘もできる。ゴミを捨てようと言いながらゴミの山の中に埋もれている者達に耳をかす時間はない、ミニマリズムを語るならばなおさらだ。このようにして尺を保たせることは新人ユーチューバーによくみられるのだが、それはまた別の機会に取り上げることとしたい。

いずれにしろプラグマティズムな思考パターンは読み取ることが容易である。

#アメリカヤマシギ #ポケモン

 ※13~※20、破局したカップルの持ち物整理のようだ。

※21:夫婦と友情は不可分である。イギリスの古いことわざに「夫と妻は親友になる」というものがある。つまり夫婦間において親しいものほど友人となっていくのだ、これに対しては「友人を捨てろ」とのたまうのは夫婦の関係性を破棄することに等しい。

 

最後に

ヤクルトは誰かが買うから冷蔵庫に入っているのであって、あなたは風呂上りにそれを飲むだろうし、そうすることでヤクルトが飲まれて減っていく。だがあなたの腹のなかの善玉菌がどうなるかは分からない、増える可能性は・・・、さらにはヤクルトを供給してくれる他者の心情も察する。

信頼もただそこにあるわけではない、種を撒き小さな芽が出て花が実を結ぶから存在するのであり、摘み取ればなくなってしまう。我々は物がただ在ればよいというフェーズを脱して、必要な物が必要以下になるように調整しなければならないのだ。これがミニマリズムの考え方であり、過度に不足している状態は衛生上の理由などから忌避されなければならない。イケハヤ/Voicy with NMN