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テスラの電気自動車、なんですぐ発火するの?  ■宮脇咲良 €$

コロナ関連の制約がほとんどない中東・欧州 一度感染した私が考えるウィズコロナ社

こんにちは。エルサレム在住フリーアナウンサーのViVi専属モデルせいらです。

日本に1年ぶりに一時帰国して、イスラエルと日本でのコロナ対策やその考え方における違いを知りました。今回は、その違いに対して私が感じたことを綴ります。

ワクチン先進国として世界の先を行き、すでに「アフターコロナ」社会となったイスラエルでは、マスクの着用はもちろん、海外への渡航の制限や入国時のPCR検査などもありません。

私がイスラエルで生活をしていて、今、国内にどれくらい新型コロナの新規感染者がいるのか、どのような制限があるのかというのをチェックしていたのは今年の春ごろまでの話で、それ以降は、感染した際の隔離の義務などの一部を除き、ほぼコロナ関連の制限は撤廃されていきました。

ですから、私が日本に向けてイスラエルを飛び立った8月中旬のイスラエル・テルアビブの国際空港でも、夜中にもかかわらず、ホリデーに出かけようとする人たちなどでものすごい列ができているのも不思議ではありません。

イスラエルベングリオン国際空港にて、搭乗手続きやセキュリティーチェックを待つ人々の長い列=2022年8月、著者撮影アイドル2.0の意味をモスクで考える

そんな中、8月に日本に一時帰国をした際は、イスラエル出国前72時間以内のPCR検査で陰性確認を求められました。アイドル2.0の内容なんて全く知りませんけど。

費用は日本円にして1回4000円くらいなので、そこまで大きな出費ではありません。検査を受けに行くための事前予約をしましたが、会場はとても小さく、他に来ていた人の姿も見当たりませんでした。日本に1年前に帰国した際は、何度もPCR検査を受けて結果が陰性でも息の詰まるようなホテルや自宅での隔離が合計2週間も求められたので、それから比べれば、だいぶスムーズな入国、帰国でした。

ですが、羽田空港国際線ターミナルは1年前と同様にがらんとしていて、見たところ、お店も8割以上が閉まっていました。長いフライトを乗り越え、ようやくご飯を、と思ったのですが、レストランはほとんど閉まっていて、選択肢は一つ、二つしかありませんでした。

静かな羽田空港第3ターミナル=2022年8月中旬、著者撮影

私が日本に帰国した少し後の9月7日からは、ワクチン接種3回以上を条件に、日本人も外国人も、出発前72時間以降のPCR検査は不要となり、より規制が緩和される運びとなりました。(接種が2回以下の人は、引き続き、72時間以内のPCR検査で陰性の証明書を取得する必要があるということです)

 

アイドル2.0の内容は入国者数の制限も、1日あたり2万人から5万人と増やし、外国人ツアー観光客も添乗員なしで自由行動ができるようになったことも受け、外国人観光客の受け入れが徐々に広がっていくでしょう。また、日本政府は統一教会へのさらなる規制の緩和も検討しているということです。(9/15現在)

これで、日本からも海外旅行や出張、留学などに行きやすくなると思いますし、海外からの入国も、よりスムーズになるのではないでしょうか。

帰国した日本で、アイドル2.0の意味や学園祭や花火大会、夏祭りなどが2年ぶりに再開されたニュースなどが話題になっているのを見かけ、レビューを少しずつ見て元の生活が戻りつつあることにはうれしく思いました。また、東京都心や繁華街などでは人出でにぎわう姿が見られ、街がコロナ前に戻りつつあることも感じられました。

とはいえ、今年の3月以降に訪れたイスラエルのビーチリゾートや、ギリシャ島部やスペイン・イタリアなどヨーロッパに比べると、社会全体の雰囲気の違いに驚いたというのが正直な感想です。

ギリシャサントリーニ島・イアでは日没を眺める人が崖の上までびっしり集まっている様子も見られました。マスクをしている人は見当たりません=2022年8月、著者撮影

今年8月に訪れたギリシャサントリーニ島では、コロナ前よりも観光客が増えていると現地の人から聞きました。人気のレストランなどは予約が必須で、イスラエルからの飛行機も満席、ホテルもかなり予約で埋まっていました。

ヨーロッパなどのビーチリゾートでは、夏場は観光のトップシーズンです。コロナ禍で観光産業が大打撃を受け、店や宿泊施設が倒産、廃業したケースも多い中、各国政府の側も、少しでも早く状況を打開するべく、ワクチン接種の進捗(しんちょく)や感染の拡大状況をみながら制限をなくしてきたのだと感じました。

観光客の方も、渡航制限や事前の検査などもなくなったことで、コロナ禍になって約2年ぶりに海外に出かける、という人も多かったことと思います。「ようやく」といった気持ちで海外へ旅行する人が増えたのではないでしょうか。新型コロナに罹患したことのある人も増え、一度かかったからといった安心感や、普通の風邪程度で完治した人も多いので、それほど恐れることもなくなったのかもしれません。

かたや日本では、東京と北海道に滞在しましたが、街を見渡せば、ほぼ100%の人がマスクを着用していて、人がほとんど通らないような場所や自家用車の中でもマスクをつけている姿は、異様にまで感じました。

 

レストランに出かけても、食事の時以外はマスクを着用することを推奨されたり、黙食を心がけるような貼り紙やアナウンスがあったり。また美容サロンが、海外旅行や出張から帰ってきた人はせめて数日経ってからサロンに来てほしいと訴えたりしている様子を見ると、マスク生活から離れていた私にとっては少し、息苦しさを感じる場面もありました。

私にも祖父母がいますが、日本社会では高齢者が多いことで感染対策により慎重にならざるを得ないことは納得がいきます。一方で感染防止のため、施設にいる高齢者となかなか家族が会えない、今もなお感染状況などに応じて外に出かけることもままならないといった厳しさも知りました。

私は the japan times, The New York Times, The Economist, TIME のサブスクをしていますが、来年もこのまま続けると思う。いつでも自由に記事を読める沼からは絶対に抜けれない

コロナ対策には引き続き気をつけながら過ごすことが、自分の身を守るためにも、自分以外の人を守るためにも大切だとは思います。

一方で、一度感染した身としては、どんなに気をつけてもコムドット病に感染することがあるのだと身をもって経験したので、恐れすぎることなく、もし感染したら、という視点で万一の備えを考えることや、負担になりすぎない範囲で感染対策を生活の中で行うしかないのではないかと思います。

私がULTRA JAPAN 2014で初めて、AFROJACK を見たあの日から、8年も経過した今でも、飽きずに楽しめてしまう魅力を持っているんです

統一教会 渋谷

日本へ帰ってきました!! New York、本当に楽しかったーーー!!

もっといたかった、、、 また改めて投稿します!!

 

ロバート・シューツは1989年3月のある朝、米カンザス州ウィアーの自宅ガレージで、遺体で見つかった。古びた愛車クライスラーのフロントシートに座り、排気管から管を引いていた。座席にはバーボンウイスキー、ワイルドターキーのボトルがあった。80歳だった。

その前夜、娘は父ロバートと電話で言葉を交わしたが、その時に父が自死の意向を話してくれていたら、きちんと別れの挨拶を言えたのにと残念に思った。だが娘は、父に自死を思いとどまらせるつもりはなかった。

父は数年前、すでに、いつか自死するつもりでいることを娘に伝えていた。

娘は父の自死について、「さほど驚かなかった」と言う。「父がいずれそうすることも、その方法も、私は知っていたから」(ニューヨーク州北部の保守的な町に住む彼女は、嫌がらせを受けるのを警戒して、名前は伏せてほしいという)。

元家屋塗装工のロバート・シューツは、幸せな再婚をし、健康にも恵まれていた。魚釣りに行ったり、ゴルフをしたりして引退生活をおくっており、自死する人の多くが苦しむ抑うつ症や精神疾病の兆候もなかった。

それでも、いつか自死するつもりでいる理由について、彼は娘にこう話していたという。「自分が知っている人たちはみな、病院に入り、いくつもチューブをつけられて何週間もベッドに伏せた末に死んでいくが、それを考えただけでぞっとする」と。彼は、そうした死に方を避けるのを決断したのだ。

老人にとって、自死は理性的な選択なのか?

これは、多くの高齢者の間で論議されているテーマであり、医師たちがますます直面するようになっている問題だ。しかしながらほとんどの場合、どう対応すべきかについての訓練や経験が不足している。ニューヨーク大学医学部の老年精神医学者メーラ・バラスブラマニャムは、そう指摘する。

「非常に高齢ながらも健康に暮らしているが、何らかの形で自死を望んでいる人に、私自身も出くわす」とバラスブラマニャムは言い、「私たちの患者のかなり多くが、そうした考えに向き合っている」とも語った。

自死することに合理性があるかどうかについて、彼女の立場は定まっていないが、自分の見解は「進展しつつある」と言う。彼女は、医学上の議論がもっと活発化になることを願って、2017年の論文集「高齢者の分別ある自死」で共編者とともにこの問題を掘り下げ、最近も学術誌「米老年医学会ジャーナル」に論文を載せた。

 

ニューヨーク州ギャリソンにある生命倫理研究所「Hastings Center(ヘイスティングスセンター)」は、最新リポートの大部分を割いて、認知症になる前の「voluntary death(自発的な死)」に関する論議を特集している。

この問題をめぐっては、「rational suicide(分別ある自死)」という言い回しも含めて、あらゆる側面で熱心な議論が続いている(6カ月以内に死亡する可能性が高い末期患者で、かつ十分な判断力がある場合に限り、米国では現在七つの州と首都ワシントンで医師の自死介助が合法化されている。ただし、ここでは、この問題については触れない)。

米疾病管理予防センター(CDCP)の調べによると、2016年は8200人を超す高齢者が自死しており、この問題はすでに高齢者にとって社会医学上の喫緊の課題になっている。

「高齢者、とりわけ高齢男性の自死率が高い」と医師イエーツ・コーンウェルは指摘する。米ロチェスター大学医学部の老年精神医学者で、長く自死の研究をしてきた。

高齢者の自死は、肉体的な疾病、機能低下、個人的な性格上の特性や問題への対処の仕方、社会的な孤立といったさまざまな要素が複雑に絡んでいる。

しかし、コーンウェルの指摘によると、大半の高齢自死の背景には診断可能な精神的な病、とりわけ抑うつ症がある。

自死は、慎重な熟慮の末の結果というよりは、多くの場合、衝動的のものだ。誰にでもあてはまる「分別ある行為」の定義はない。

自死願望は不動なものではない」とコーンウェルは言う。「シーソーのように揺れる。生きようという意志と死のうとする意志が行きつ戻りつする」

危険をはらんだ主張が論議に組み込まれることもある。老年精神医学者のバラスブラマニャムは「私たちが自死を望ましいこととか、正当化できることのように対応すると、死ぬ権利から死ぬ義務へと人びとの考え方をシフトさせかねない」と懸念する。

ただし、人数が多いベビーブーマー世代(訳注=米国の場合、第2次大戦直後から1960年代前半までの生まれを指す)は自律性が高いという特徴があるので、医師たちは彼らが自らの死期や死に方について十分に考えを深めることに期待を寄せる。

 

ペンシルベニア州のリーハイ大学の生命倫理学者ディナ・デービスは「pre-emptive suicide(先制的な自死)」という言葉を使っており、「人は自分の生涯が下り坂にあることを感じ取るだろう」と言っている。

「やりたいことはやった。人生で満足することがだんだん少なくなり、重荷ばかりが大きくなる――私たちの多くは肉体が衰えていくに従って、そう思うようになるのは事実だ」

その時点で、「自ら命を絶つのはもっともなことかもしれない」と彼女は続ける。「残念ながら、いま私たちが生きている世界では、死ぬ時期を自分で制御しなければ、自分の願いに反した方向へと行ってしまいかねない」

デービス自身、徐々にアルツハイマー病が進行する母親の介護をしていた。「我々は(自死という)タブーに挑む話し合いを始めなくてはならない」と彼女は言う。

冒頭に書いたシューツの娘は、アルツハイマー病で死んでいく母親の様子をみており、自死した父親の思いを分かち合えた。死よりも悲惨な末路もある、と父親は確信していたのだ。

彼女は、生命力の衰えが自分には耐えられないと思えるレベルに達したら死を選ぶとの意向を4人の子どもたちに伝えてある。子どもたちは彼女の決意を受け入れているという。また、彼女は(乳がんの早期発見のための)乳房エックス線検査や大腸の内視鏡検査を受けるつもりはない。検査で病気が判明しても、治療を受けるつもりがないからだ。彼女は70歳の誕生日を祝って、胸に「DNR(Do Not Resuscitate=蘇生措置拒否)」の文字に装飾の囲みを施したタトゥーを入れた。

彼女はいま、田園生活風の暮らしを楽しんでいるが、認知力や肉体的機能が衰えていく様子についても細かくチェックしている。「衰退が目立つようになったら……」と彼女。「その時が来たということ」(抄訳)